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平 佑貴 〜レソト王国での活動報告記録〜

平 佑貴
大学3年生


アフリカに関心を持っていた平さんは、現地でのボランティア活動をする過程で、
年も近く仲の良かった同僚がエイズであることを知りました。「南アフリカ国民の5人に1人がエイズ」
というデータが現実のものとしてのしかかり、今後、技術や力をつけてアフリカに恩返しをする
ために帰りたいという夢を持っています。

目次

活動のまとめ

↑目次

活動期間
2004年7月30日〜2004年9月26日
受け入れ先
・EACOS in 韓国(1週間)
・Conquest for life in 南アフリカ(3週間)
・Lesotho Council of NGOs in レソト王国(3週間)
活動の概略
・ EACOS(東アジア共同体への道のりを、ASEAN+3の学生で考える会議)
様々なディスカッション、文化交流。
・ Conquest for life in Johannesburg (若者の問題に取り組む、南アフリカ人のNGO)
 ピースゲーム、ライフスキル・キャンプの運営、職業訓練のお手伝い。
・Lesotho Council of NGOs(レソト国内のNGOを取りまとめる、レソト人のNGO)
 選挙制度の検討ワークショップ、国内議会設立のPR活動、NGOダイレクトリー作成
 (+事務補助)
活動の目的
・「世界で一番希望がない」とされるアフリカの現場を理解したい。
・途上国の貧困や、政治システム改善の役に立ちたい。
・ 異文化や言葉の違う環境の中で働く経験をし、自分を試したい。
活動の動機
上記の目的を達成するために、インターンという手段を選んだのは、
旅行などよりも現地に溶け込めると考えたから。
また、NGOと行政の協働に関心があった為。

第1週(7月30日〜8月8日)in韓国→南アフリカ

↑目次

活動報告
1週目:EACOS (東アジア共同体をASEAN+3の学生で考える会議)
日本の代表チームとして、東アジア共同体の未来を語り合う、国際学生会議に出席しました。
アジア共通通貨へ向けた取り組みや、テロ・SARS防止のための協力体制作りなどについて議論し、考えを深めました。

面白かったのは、アセアンの学生達から、「共同体作りを隠れ蓑にして、日本はアジアを支配する気では」というような発言が多かったこと。「ODAを減らしているくせに、信用できない」とまでいわれ、無意味なジャパニーズ・スマイルで、かわしている自分がいました。

でも、一歩会議場を出れば、みんな普通の大学生。7ヶ国くらいの集団で、カラオケしたり飲みに行ったり。お互いに言葉や文化を教え合ったり。ただの学生同士なら、こんなに仲がいいのに、なんで「国同士」になると仲が悪くなっちゃのかな、と、ちょっぴり不思議。これからもメールのやりとりを続け、その不思議を解き明かしていこうと思います。

(ソウル空港→飛行機→ヨハネスブルグ空港→NGOの代表のお宅・ホームステイ)

■ 南アフリカ 
南アフリカのヨハネスブルグにあるConquest for lifeというNGOは、スラムの若者の問題に取り組んでいる。コンピュータなどの職業訓練のクラスや、日本でいう学童のようなサービスを通じて、非行の予防や、就業による貧困の削減を目指している。
仕事は、朝のミーティングから始まる。笑いの絶えない、サークルみたいな雰囲気を、カリスマ性のある(ちょっと怖い)代表が引き締めている感じ。初日に会ったスタッフ12名は、大体、私と同年代(20代前半)で、南アフリカ人。半分が有給スタッフ、残りの半分がボランティア。ボランティアは、他に職が無いためフルタイムで働いている。(南アフリカの失業率は、40%程度)

第2週(8月11日−17日)

↑目次

活動報告
8月11日不法居住地区で、キャンプへの参加者の募集活動を手伝う。
 色々な仕事を見るように、と代表に言われ、この地区に入るとまず、砂ぼこりと排気ガスと、新宿の段ボール街みたいな臭いに圧倒される。次に「マリファナはいらないか」、「仕事をくれ」と、おじさんたちが近づいてくる。

キャンプへの参加を希望するハイティーンの子達に、スタッフが説明をしている間、さらに数人、見物人も集まってきた。
ふと、所狭しと立ち並ぶ、薄汚れた小さなバラック(小屋)が気になり、見物人の一人に「中を見せて、って頼んだら失礼?」と聞くと、ちょっとびっくりした顔で、でも快諾してくれた。中に入ると、薄汚れた6畳くらいの部屋。あるのは、ベッドと写真立て、以上。4人で住んでいて、狭すぎるから仕事とお金があれば移りたいけれど…という事だった。帰り際、道端で鶏の足を焼きながら、おしゃべりしているおばさん達が、意外にいい笑顔をしていることに気づく。「貧しくても幸せになれるか?」は、程度や人によるのだろうけれど、東京にはないコミュニティの絆が、ここにはあるのかもしれない。

8月12日職業訓練コースに関わる。
 これは、「南アフリカの人々が、いかに自力で豊かになっていくか知りたい」という理由から。まず、これまでのコース経過の報告書を見せてもらうと、「参加メンバーは麻薬中毒者が多く、訓練中の麻薬禁制のルールに耐えかねて、脱落する者が多かった」、「コースを終了しても職がない」など、思わずため息をついてしまう記述が多い。
不法居住地区の人と接するということで、ちょっぴり及び腰で、実際の職業訓練に参加する。家具用の木を切ったり、ニスを塗ったりしていくうちに、参加メンバー(16-22才の男性5、6名)とも打ち解けてくる。皆アフリカ人らしくフレンドリーで、ほっとした。

8月13日考えたこと
 そろそろ余裕が出てきて、ただ木を切るだけでなく、コースの意義や効果について、自分で考えられるようになる。
…そもそも、手作業で作る家具にどこまで需要があるのか?南アフリカ政府の起業支援プロジェクトを何らかの形で利用できないか?参加メンバーに、もっと効率的にスキルを得てもらうためにはどうしたら良いか?…など、疑問は尽きない。
最初の2つの疑問は、情報収集の手段が無い為、深めるのは無理と判断。(インターネットはよほどのことがないと使えないし、一人で歩き回って、関係者へヒアリングするには、ヨハネスの治安は悪すぎる。)最後の問題、コースの効率化に対して、何か出来ないか、と考え始める。

8月14日マニュアル作り
 家具作りの作業の工程や注意すべきポイントを、簡単なマニュアルにまとめる事を思いついた。職人技というのは、読むのでなく経験して身に付けるものとは思うけれど、「1cm =何ミリか?」など、基本的な知識が無い参加メンバーもいる為、そういった知識を補うには役立つはずだ。このアイディアを家具作りのインストラクターへ話すと、「役に立つと思うよ」というコメントを頂いた。
ホームステイをさせていただいている家に戻り、早速マニュアルを作成。しかし、ここで思いもよらなかった事態が発生。なんと代表に、「来週以降は、皆でライフスキル・キャンプに参加するから、職業訓練コースはお休みだよ!」と告げられる。そして何故か、私もキャンプへ行くことに。事前に確認しておけば良かった…。

8月15日マニュアルをインストラクターへ手渡す。
 本来ならもっとじっくり、内容をつめたかったけれど時間が許さない。また、コース修了後の参加メンバーへのフォローアップに関する、簡単な提案書を代表に渡した。しかし、反応は微妙…。一方、この日とても嬉しいことがあった。新しいボランティア仲間が到着したのだ。ドイツ人の、高校を卒業してすぐの女の子。おちゃめな彼女のおかげで、毎日がますます楽しくなる予感。

8月16日職員研修。
 土曜日なので正規の仕事は無い。職員研修のようなものに参加。ビデオを見て、ディスカッション。向上心の強い代表の性格が、こういうところにも表れている。そういえばこの日、町で荷車を引いた馬と遭遇した。都会の風景の中に、突如馬が現れる違和感…。スタッフに「何故?」と聞くと、「車より維持コストが安いから」とのこと。納得。

 今日は時間があったので、夕食を豪華につくってみた。ホームステイ先では、食材を頂いて、ボランティア達が、代表やその家族も含めた分の食事をつくる。代表の娘さん(8歳)にレシピの教えを請いつつ、日本人とドイツ人のボランティアが、アフリカ版カレーライスのようなものを作る。辛いけど、美味しい。ちなみに朝はコーンフレーク、昼はサンドウィッチが、ホームステイ先にいるときの私の定番。

8月17日休日!
ドイツ人のボランティアや、仲良くなった女性スタッフと一緒にショッピングへ。乗合いタクシーや、スタッフの友達の車を借りて移動。狭い車にぎゅうぎゅうに詰め込まれるのも、おしゃべりしつつなら楽しい。
この日訪れた地域は、ネットカフェや巨大なショッピングモールもある、清潔な都会。不法居住地区とはかなり違う。タウンシップ(アパルトヘイト時代の、黒人居住地区。今でも白人は、ほとんど住んでいない)にあるスタッフの自宅にも伺う。道行く人は皆知り合いらしく、挨拶や談笑をしながら進んでいく。…日本でも、地方はこんな感じなのだろうか。

第3週(8月16日-22日)

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活動報告
8月16日ライフスキル・キャンプ初日。このキャンプは、売春・自殺・エイズの蔓延する『都市の貧困』から若者を切り離し、生きるためのスキルを教えるもの。これまで多くの若者の、人生の転機となってきたという。
共同生活のルール(銃や麻薬を持ち込まない、など)や、仲良くなるための簡単なゲームをして終わる。スタッフは、朝6時前に起きて参加者の朝食を作り、日中はディスカッションやワークショップの進行役を勤め、深夜にスタッフミーティングを行う、と聞かされ、ちょっぴり不安。

8月17日「信じあうこと」をテーマに、ゲームやディスカッション。
アフリカ式の朝食作りを手伝って、お祈り(参加者は皆クリスチャン)をしてから食べ始める。甘いミルク粥のようなもので、おいしい。
ディスカッションでは、アパルトヘイト後も、黒人と白人の相互不信が根強いことに気付いた。キャンプの参加者は、すべて黒人やカラード(混血)だが、彼らは、「白人の住む地区のスーパーに行くと、(万引き防止に)店員がずっとついてくる」と、怒りが収まらない様子。別の見方をすれば、彼らも「白人」というカテゴリーに対して強い不信を持っているようで、「信じあうこと」への道のりは遠そうだ。

ディスカッション後に、満足度アンケートを取るのだが、上手く活用されていないことに気づく。早速、満足度の統計を取ってミーティングの時に発表。反応は上々。たくさんの問題が発生するため、深夜のミーティングは長いものになる。疲れるけれど、その分スタッフの「自分達でキャンプを成功させよう」という意識や、チームとしてのまとまりも高まる。

8月18日キャンプファイヤー
 今日は森で薪を集めてキャンプファイヤー。道中、スタッフや参加者といろいろな話をする。2010年のワールドカップが開かれて、南アフリカ経済は発展するとか、南アフリカの田舎のほうでは結婚式に槍と楯を持っていくのが礼儀だとか、南アフリカではちょっと前まで「家事は女性」という意識が強く、男性は電子レンジの使い方も知らない人が殆どだったとか…南アフリカ人は本当に明るくて、歯磨き中でさえしゃべり続けている。
 火を囲んで、現地語の歌を歌うとき聞いた、「アパルトヘイト中に、この歌を歌って自分達を慰めていたんだ。でも今は、もっとハッピーな気持ちで歌える」という言葉が印象的だった。
(キャンプの参加者は、16−22歳。子どものときにアパルトヘイトを経験し、強制移住させられたり、移動範囲を制限されたりした記憶を持つ者も多い。)

8月19日多様性
 今日のテーマは、「多様性」私が日本文化の紹介を、ドイツ人のボランティアがドイツ文化の紹介をすることに。
まず、地図の絵を書いて日本はどこでしょう?からはじめる。(皆中国の一部だと思っている)浴衣の絵を書いたり、クイズを作ったりして、ベーシックな文化の説明。日本はアジアで、南アフリカはアフリカで一番豊かな国だ、という説明もするが、その豊かさは彼らまで届いていないから、ピンと来ないかもしれない。

 仕上げに合気道の小技を伝授すると、一部の参加者からは熱狂的に好評で、その後も「教えて」とせがまれた。南アフリカの銃社会に、合気道で立ち向かうというコメントまで頂く。お返しとして、自分はその子たちからブレイクダンスを教わる。

8月20日エイズ
 エイズに関するワークショップが行われたが、内容以前に、利用する言葉をめぐってちょっとした衝突。「自分の部族の言葉に誇りを持っているからそれを話したい。英語では気持ちが伝わらない」、という参加者と、「公用語が11カ国語もある南アフリカでは、それぞれの言語で話し始めると、全員が理解できなくなる(例えば、ズールー族のことばを理解できるのは、参加者の6割程度)」というスタッフや参加者が口論になる。まさに多文化共存のコスト、という感じ。何とか「全員が話せて、理解もできる英語で話す」ということに話がまとまった。

 エイズに関して、予防法や対処法などの説明が、英語でなされる。ふと、年も近く仲の良かったスタッフに、「参加者のなかに、HIV感染者ってどのくらいいるの?」って聞くと、「自分もその一人だよ」という返事。言葉を失う。…結局、私が知っただけでも8人のスタッフのうち、2人は感染者だった。1人は、いつも明るい、優しいムードメーカー。もう一人は、努力家で誠実なお兄さん。二人とも元気そうに見えたから…全く気づかなかった。
 「南ア国民の5人に1人は感染者」というデータが現実としてのしかかる。彼らが、薬を飲んでいるところは見てないから、残された時間は10年もないだろう。ドイツ人のボランティアと一緒に、「生きてほしいのにね…。何が出来るのかなぁ…」と悩んだ。

8月21日お休み
 正規のプログラムはお休みだけれど、仕事が残っていたので、キャンプ場で唯一のパソコンに向かって、入力作業などしていた。何か困っていると、参加者がよってたかって助けてくれる。彼らはちょっと荒っぽいけど、本当に優しい。この頃から、深夜ミーティングでも自分の意見を言うだけでなく、全体の議論の効率UPを考えられるようになる。

8月22日お休み
 キャンプ場での休日を、映画を見たり、スポーツしたり、歌ったり踊ったりして、楽しく過ごす。参加者に、「日曜日は、教会に行くの?」と聞くと、「教会ごとに、信者とりの競争や、政治があるから、行かない」という。そういうものなのか…。最近、私がお礼を言う時や謝る時にする、両手を合わせるしぐさが珍しいらしく、参加者の間で流行っている。普段は忘れているけれど、こういう時に、国籍や文化の違いを思い出す。


第4週(8月23日−29日)

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活動報告
8月23日レソトへの道。
 キャンプの仲間とちょっぴりしんみり、でも明るく別れ、ホームステイ先へ舞い戻る。ボランティアもそこそこに、他のスタッフに借りたガイドブックなども活用しつつ、次なる目的地、レソト王国へ向けて移動ルートや宿泊先の確保を行う。南アフリカを去る日が、一週間後に迫っている。

8月24日学童?
 放課後の子ども達を集めた、学童のようなプログラムで、先生役を勤める。ゲームをしたり、学校の宿題を手伝う。一度、子ども達が詩を書くことになって、英単語のつづりを教えたりしていたが、英語以外の言語で書かれた詩への対処には困った。よ、読めない…。ヨハネスブルグに住む南アフリカ人は、子どもでも2〜3ヶ国語は軽くこなしている。尊敬。

8月25日ゲーム
 日中は、小学校へ行ってピースゲームを行う。テーマは「話をよく聞くことの大切さ」で、良く聞いている人が勝てるゲームになっている。総合学習のような時間にお邪魔するのかと思っていたが、普通の授業をしている時間を一コマ、NGOのゲームの為にもらう形だった。
 子どもと日本についておしゃべりをすると、「カラテの国」とか「ブルース・リーの国」とか、誤解も正解もおりまぜて、興味津々。空手の真似をしたり、日本の歌を歌ったり、名前を漢字で書いてあげると喜ばれた。

8月26日町に出て。
 日中は、2日目と同様。午後、レソトへ向かうバスの予約の為、駅へ向かう。一人では危ないということで、スタッフの一人がついて来てくれた。感謝。「迷ったら、道端の人には道を聞いちゃダメ。信用できるとしたらセキュリティガードくらい」「スリがいるからバッグへ気をつけて」など、世界一危険な町・ヨハネスブルグのサバイバル術を教わりつつ、予約完了。(自分は大丈夫だったが、ヨハネスの治安は本当に悪い。「友人や兄弟が、ギャングに撃たれた、殺された」という話はよく聞いたし、先日のキャンプの参加者には、肩に銃弾が残っている者もいた。ただ、改善の傾向にあるとのこと。ワールドカップには間に合ってほしいと思う)

8月27日コンサート
 学童プログラムなどの参加者が出演する、野外コンサートが行われた。合唱祭とか、学芸会のような雰囲気。アフリカンダンスからアメリカナイズされたモダンダンスまで、司会がラップ調でテンポ良く紹介し、楽しいひと時を過ごせた。
 このコンサートで、ソウェト出身のスタッフと出会う。ソウェトはタウンシップの一つで、アパルトヘイトの時代に大きな暴動が起きたことで有名。他の地区よりも注目を浴びたことで外国からの援助が来やすいからか、もしくはもともと「自分の生活を良くしよう」という気持ちが強いのか、「ソウェトの人々は、他の地区の人より希望に満ちていて、NGOへの参加率も高い」という評判がある。この日出会ったスタッフも、ソウェトはとても良い所だし、これからどんどん良くなっていく、と熱く語ってくれた。

8月28、29日移動(ヨハネスブルグ→ブルームフォウンテン1泊→レソトの首都:マセル)
 別れを惜しんでくれるスタッフとホームステイ先に別れを告げ、マセルへと向かう。ちょっと高級な観光バスで、ブルームフォウンテン15:00到着。ヨハネスほど危険な町ではないらしいので、安宿に着いた後、散歩する。町は閑散としていたけれど、夕日がとっても綺麗だった。一泊後、ぎゅうぎゅう詰めの乗り合いタクシーに乗り換え、今にもゾウやライオンが出てきそうなアフリカのサバンナを眺めていたら、いつの間にかマセルに到着。安宿にチェックイン。


■ レソト王国
Lesotho Council of NGOsは、レソト国内のNGOの取りまとめ役。NGO間の協働を助けたり、資金援助をしたりしている。エイズや環境、市民社会などのセクションがあるが、私が関わったのは市民社会(政府との連携)の仕事。

第5週(8月30日-9月4日)

↑目次

活動報告
8月30日顔合わせ。
 Lesotho Council of NGOsの事務所はプレハブのような,でも清潔な一階建て。職員は6人くらいだが、皆大学を出ていて、南アで出会った人々より年も上で、服装などもきちんとしている。レソト人の有給スタッフが殆どで、唯一の例外が技術を教えるためにイギリスのNGOから来ている、イギリス人スタッフ。
 道中のバスで出会ったレソトの人々が、南アフリカ人よりも気難しい印象を受けたこともあり、気後れしていたけれど、スタッフは明るい人ばかり。良い意味でアフリカ的な親切さがあった。今日は自己紹介が中心。

8月31日仕事の理解。
 私はツァーポという30代前半の職員のアシスタントをすることに。仕事の内容は、地方議会を作る為のPRと、選挙システムを考える為のワークショップの準備。今日はレソトの歴史(イギリスの保護領になってから、民主化するまで)や、現行の政治のシステム、Lesotho Council of NGOsの活動についてお話を伺った。レソトでは、NGOが大きな力を持っている。過去の一党独裁の時代、野党が認められず、人材がNGOへ流れたからだそうだ。

9月1日
パワーポイント
 今日から普通にインターン。出勤時間に、かなり早い時間を指定されたので、熱心なんだなぁと思っていたら、職員は皆、職場で朝ごはんを食べていた。私にもファットケーキ(ラグビーボール型の揚げパン)をひとつ、分けて頂いた。今日は事務作業の補助でおしまい。16時半が退社時間だけれど、皆その前から帰る準備を始めている。単純に労働時間が少ないのか、それとも効率よく働いているのか、どちらだろうか。

9月2日資料の作成。
 今日は、地方政府の役割に関するパワーポイントの資料を作るように言われ、作成。上司から渡された原案は地方分権の法案についての説明が主だったので、対象者である一般の人には伝わりづらいかと思い、地方政府と個人の関係を説明するスライドも足してみる。税金を払うことによって何を得るか、なぜ選挙があるのか、などを図解。

9月3日仕事が…。
 頼まれていた上司のスケジュール表を作り終えてしまうと、仕事がなくなってしまった。
南アフリカでは無給のボランティアの存在が最初から想定されていたけれど、ここではそうではない。そもそも少人数で終わる分しか仕事がないし、秘書役も別にいるので、私は自分で仕事を作らないとする事がないのだ。とりあえず今日は活動に関する資料を読んで、今後の身の降り方を考えた。

9月4、5日休日
 買い出しにいく。マセルはレソトの首都で、この国唯一の町らしい町なのだけれど、そのマセルでさえ、至る所に家畜の牛や鶏がいる。女性職員に教えていただいたスーパーマーケットで食料品と飲み物を買い込む。
あとは、住んでいる安宿で仲良くなった人とおしゃべりしたり、NGOから借りてきた本を読んだりして過ごす。来週から何をするか、考えないといけない…。
ちなみにお宿は、王様のお城(見かけは、ちょっと豪華な普通の家)のすぐ近くにある。

第6週(9月6日−12日)

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活動報告
9月6日NGOのミーティング
 NGOの代表者を集め、情報共有の為のミーティングが行われた。アフリカ人の性格上、指定時間どおりには始まらないと思い、早めに集まったNGOスタッフの方々にインタビューを実施。「現在、団体が抱える問題について」という趣旨だったが、「パソコンがほしい、ウェブサイトを作りたい」、「お金がない」などの答えが多かった。
開始予定時刻の40分後、ミーティングが始まった。が、ソト語のため理解できず残念。

9月7日NGOのダイレクトリー作成
前日のインタビューの結果を受けて、レソトのNGOの、資金集めや情報発信をサポートする事は出来ないか、と考えた。
1. 自分が寄付する。
2. 自分が企業や援助機関などに働きかけて、寄付してもらう。
3. レソトのNGOが、企業や援助機関などに働きかけるお手伝いをする。
と3通り考えたが、長期的に見て効果が高いのは3.だと思い、NGOダイレクトリーを作ることにした。これは、アフリカ各国内NGOの、情報共有や協働を発展させる役目を持ったNGOの連絡先をまとめたもの。寄付者を探すときに役だつだろうし、様々な情報共有も生まれるかもしれない。

9月8日:引き続き…
 NGOのダイレクトリー作成。南部アフリカ各国のNGOの情報は受け入れ先の事務所にあった書類から、西/東部アフリカのNGOに関してはネットで検索、Eメールで連絡をとり、情報を集めた。

9月9日牛の足の味。
 引き続き、NGOの情報集め。
 変化といえば、昼休みに牛の足の丸焼き食べたことくらい。レソトの道端では、おばちゃん達が色々なものを売っている。民芸品の帽子や、鶏肉や、靴の修理などなど。
この日食べた牛の足も、そんなおばちゃん達から買ったもので、こりこりして、そこそこ美味。

9月10日アジア系
 引き続き、NGOの情報集め。
 変化といえば、NGOのイベント用Tシャツを作るべくお店に寄ったら、フィリピン人移民のお店だったことくらい。値段の交渉などが上手く、商売上手な印象を受けた。フィリピンの方にお会いしたのは初めてだったが、この町では華僑(中国人)を多く見かける。ネットカフェを経営していたり、工場を持っていたりと、こちらも上手に商売をしているようだ。そういえば、アフリカ人のNGO職員の方と話した時、「中国人の経営者から見ると、おしゃべりしながら働くアフリカ人は怠け者に見えるみたい」という話を聞いた。個人的には、アフリカの人は怠け者というよりは、プライベートと仕事の区別があまりない文化なのかな、と思う。

9月11、12日結婚式
 上司の方に、アフリカ式結婚式につれていって頂く。この日の花嫁は、上司の奥さんが洋裁工場で働かれていた時の同僚らしい。私と面識はないのだが、かまわないと仰るのでお邪魔させていただく。結婚式の行われる村は、首都から離れた地方にある。
そこまでの道中、車の窓から見えるのは、緑の少ない岩肌の低い山に、点在するバソトハットの小屋。まさにアフリカの農村、という風景だ。
 さて、会場の教会についた。教会でのセレモニー、花嫁の真っ白なウェディングドレスまでは、日本の結婚式と変わらない。でも、村中の子どもが新郎新婦の為に集まって伝統的なダンスを踊っていたり、結婚する際、男性が女性の両親に、牛かお金を払う制度など、昔ながらの習慣を守っている部分も多くあった。素晴らしい体験をさせていただいて、大感謝。

 次の日は、買出しや日記をつけたりして、のんびり過ごした。夕暮れ時に散歩をすると、牛や鶏のいるのどかな農園が夕日のいろに染まって、非常に美しい。ちょっと感動。


第7週(9月13日−19日)

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活動報告
9月13日アップデート。
 いくつかのNGOから返事が来たので、それを反映させてNGOダイレクトリーを完成させた。印象的だった返信は、以下の2つ。
ナイジェリアからの返事は、非常に協力的で、他にはこんなところを調べたらどうかなど、アドバイスまで頂いた。
ソマリアのNGOからの返信に、何となく嬉しくなる。ソマリアは今、非常に大変な国だけれど、改善しようと努力している人がいるのだぁ、と感じた。
 職員の方にお願いして、NGOダイレクトリーを、受け入れ先NGOのHPにアップデート。協力していただいた団体には、完成のお礼のメールを出した。

9月14日引越し。
 お仕事はいろいろな事務の手伝い。
 今日、安宿から職員の方のご自宅へ引越し。その職員の方も引越しをされたばかりで、前の家が空いているから使わせていただけるとの事だった。部屋がかなり広くなり、自分で料理ができるようになったことが嬉しい。

9月15日リサーチ
 上司が出張の為、一人で出来るリサーチに力を入れた。これから創られていく地方議会と地方政府のあり方について調べる。
受け入れ先のNGOは、レソトのNGOや国家公務員に対して地方政府の役割をアピールする活動を行っている。以前作成したプレゼン資料に、水の供給サービスに関する具体的なケーススタディを組み込むことで、より分かりやすいプレゼンにしようと試みた。

9月16日水の問題
 引き続き、リサーチ。レソトは、南アフリカに水を輸出している。南アフリカは万年水不足に悩まされている為、レソトのダムから水路を引いて、その水を買うことで問題を解決しようとしているのだ。レソトにもお金が入ってめでたし、と一部では言われているけれど、今度はレソトで水が足りなくなって、小学校などでは授業中に集団で水を取りに行く為、授業が出来なかったりするらしい。

9月17日引き続き…
 リサーチ。水対策プロジェクトの資料館へ行き、資料集め。資料館の職員の方が、「プロジェクトの担当者と話したければ、ミーティングのアレンジも出来るよ」と仰るのでぜひお願いすることにした
しかし、リサーチをすすめていくうちに、もう一度分権化の意味を問い直す必要性を認識するようになった。これは、当面のLCNの目標とずれてしまうので、これ以上の活動はせず、個人的な課題として日本に持って帰ることにした。

9月18、19日休日
 この週末は、マレアノアという観光地に出かけて、ポニートレッキングをするつもりだったのに、突然の腹痛の為、断念。残念だけれど、無理をして倒れたりしたら怖い。
 レソトは観光にも力を入れていて、マレアノアは観光客が地元にお金を落とす仕組みづくりに成功したとして、評価が高いようだ。例えば、旅行者が現地ガイドを雇いたいと思った場合、旅行会社に中間マージンを取らせることなく、旅行者とレソト人ガイドが直接契約するような仕組みだ。いつかもう一度来る事を誓いつつ、のんびり静養。

第8週(9月20日−23日)

↑目次

活動報告
9月20日ポスター作り
 前週のリサーチの結果、レソトの一般の方に地方政府を知っていただき、関わっていただく必要性を感じた。その為、パソコンで地方政府への参加方法を示すポスターをつくることに。
上司の方のご好意で、前述のプロジェクトのダムに連れて行っていただく。山に登っていくのだけれど、空が手に届きそうに近く見える。民族衣装の毛布を身に付け、馬に乗った人々と、近代的なダムが同居している風景が、不思議と自然に見えた。

9月21日デザイン
 ポスターのデザインに時間を費やす。ひと目で分かるようにしなければいけないし、現地語もうまく取り入れたい。最後に受入先NGOのロゴを入れて完成だ。
 また、今日は私の誕生日だったので、昼はNGOの代表に食事をご馳走になり、午後は職員の皆にサプライズ・パーティーをして頂いた。夜はイギリス人の職員のお宅で夕食を頂く。ちょうど、職員の方のご友人である開発ワーカーがいらしていて、「開発って何なのだろう会議」が真剣なユーモアでもって開催された。幸せすぎる一日。

9月22日印刷
 印刷。町中の印刷業者を一軒一軒回って、見積もりをとる。一番安いお店に印刷を頼む。お店の方の、起業の苦労話を聞いていたら、いつのまにか印刷完了。
 夜は上司の方のご自宅で夕食をご馳走になる。奥さんの妹(血はつながっていないのだけれど、アフリカでは親しい人は皆、シスターかブラザーになる)さんが、観光関係のお仕事に就かれているということで、「持続的な観光」をキーワードにマーケティングしている、なんて話を聞いた。

9月23日張り出し
 ポスターを貼るには行政の許可が要るのか、と上司の方に聞いてみると、そんなことはないというので、自分で町に出て張ることにした。ありとあらゆるお店に声をかけ、張らせて頂く。銀行などでは「マーケティングに関わるから」と断られたが、あるスーパーでは「中国人の女の子(私のこと)がお願いにきてるって!!」と歓迎してくれ、非常に協力的だった。感謝。
 ポスターは非常に評判が良く、私がインターンを終えた後も、パートナーがそのポスターを、交流のあるNGOの事務所などに貼っていただける、とのことだった。

インターンシップを通じての成長

↑目次

<準備段階>
・いろいろと勉強をし、目標がクリアになった。
・視野が広くなり、より多くの国の、現場も包括的なところも見る事にした。
・準備のスキルが身に付いた。

<実行段階>
・ 現場(南アフリカ)と会議室(レソト)の両方に関わり、貧困の一場面と、国全体の政策やシステムなど、包括的なことバランスを取ることができた。
・ 「ガバナンス」という抽象的なテーマを、「地方分権」という具体的な事例に集中して考えることができ、非常に有益だった。
・ 社会人としての態度、という点においては、英語力を除いては達成できた。ただし、今回はあくまでも自由度の高いインターンとしての参加なので、正規のスタッフとしてさまざまな制約のある中で、どれだけの仕事ができるか、ということは自身に問いつづけていきたい。
・ 異文化の中での仕事の進め方、という点に関しては、早い段階で現地の習慣(時間に遅れる、シェア文化、職場では仕事以上に人間関係重視、仕事より家族・コミュニティ重視)に慣れ、ある程度それを計算に入れて仕事を進めることができた。しかし、今後は相手に合わせるだけでなく、お互いの文化のいいところを持ち寄れるようになりたい。

【今後の課題】
・ イギリス人スタッフから、「先進国の人間が途上国で働く際には、自分がいなくなっても持続可能な知識や能力を残すことが大切」とのアドバイスをいただき、現在のこと、自分にできることをするので精一杯だった自分を反省した。次からはこの点に留意したい。
・ 事前の準備や相談が不十分だったことも、次への課題である。先方のネット環境がよくないことを考慮に入れて、郵便や国際電話で、必要な書類などあらかじめ送っていただいたり、事前に相談をしたりすべきだった。

【この経験を今後どう生かすか】
・ アフリカで唯一の単一民族国家で働いたことで、アフリカの政治における民族的要素が強調されすぎているのでは、という視点を持つことができ、今後のアフリカ研究に役立ちそうである。また、レソトの政治体制は伝統的な村の統治システムと近代的な民主主義の混合体制であり、その意味でも非常に興味深い。さらに学びたい。

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