目次
東ティモールの事情
1.ティモール文化情報
* 歴史
16世紀からポルトガル植民地
1975年にポルトガル撤退、しかし独立運動の中インドネシアが侵略、支配
2002年8月にインドネシアから独立
* 民族
−土着民族(数種の少数民族)、ポルトガル、インドネシア人が混血となっているため、比較的色の薄い西洋系の顔から色の濃い東南アジア系の顔まで見られる。中華系も多い。
−80%以上がキリスト、カトリック教。しかし、インドネシア人との結婚も多かったためイスラム教徒もいる。
* 生活
就業率 5%、平均月収 3万5千円弱。大半の人たちは日本で言う縄文、弥生時代の自給自足の農耕生活を送っているため、現金収入の無い生活。
* 文化
―イスラムの影響で、お金のある人が無い人に一度恵んだら一生続けないといけないという文化がある。そのため人々は恵まれる事を当てにする他力本願の傾向がある。(自立に向けて動機付けるのは大変)
―他人のものは自分のものという共産主義的な考えがある。こういった共産主義の考えは、実はポルトガル植民後半からあり、独立時は共産主義国家に向かう傾向を見せていた。そのため、民族分離問題を抱えていたインドネシアが自国の民族に刺激を与えない様にするために侵略を決行した時、共産国家誕生を恐れた米、豪率いる民主主義国を中心とした国際社会はその侵略行為を黙認した。(このために虐殺が起こったと捉えるなら、その裁きをきちんと行うのも国際社会の責任と言えよう)現在も政策は共産主義に向かいつつある。
* 言語
公用語:ポルトガル語、テトゥン語
(40代以降:インドネシア語、現地語・20−30代:インドネシア語、現地語・10代:ポルトガル語、現地語)
―テトゥン語はインドネシア領の西ティモールと、東ティモール領西部の一部の地域の現地語で、ティモールには他に40以上の現地語が存在する。紛争で教育を受けられなかった多くのティモール人は支配化のインドネシア語と、地元の現地語しか話せない人が多い。しかし、独立後に侵略国であるインドネシア語を公用語にする訳にはいかず、首都ディリのある地方の現地語テトゥン語が公用語となる。しかし、このテトゥン語も口語のみで、文語として未熟な言語のため文字も確立しておらず、高度な内容を話すのに不向きな言語であるため、他の言語を借用する必要性があった。そのため、テトゥン語に一番近いポルトガル語が公用語として選ばれた。しかし、このポルトガル語を現在話せるティモール人は紛争中政治亡命者としてヨーロッパなどに亡命していた現ティモール政治家を含むごく一部のエリートのみ。
2.ティモールの経済状態
* 経済復興の可能性
−コーヒー豆
現在唯一主力となっている資源。しかし、ポルトガル植民地時代に植えられた木が多く、かなり古いので長くは持たないのではないかと言われている。さらに、今まで商品として製造していた訳ではないので、コーヒー豆にするための製造過程が良く行われていないため、質の悪い品が多い。大規模な生産工場もなく、農家の自家生産に近いものが多いため、大量生産・販売にも繋げにくい。
−石油
インドネシア時代の管理の悪さであまり取れなくなっており、あと20年も持たないと言われている。
−大理石
原石は沢山あるが、乱雑に放置されていたため、質が良くない。交通路も良くないため、運ぶルートが少ない。
−観光
きれいな海岸は沢山あるが、海外からのアクセスが悪い。インドネシア・バリ島かオーストラリア・ダーウィン経由になるのでバリ島やオーストラリアですでに洗練されたビーチ観光が出来るとしたら、そこからわざわざ観光用のホテルやショッピング用のお土産店も揃っていないティモールへ来る人は少ないと見られる。人の少ない観光地を好むバックパッカーでも隣国で安く観光できるとしたら、外国ドル通貨を使用しているために、質は悪いのに物価は先進国並みに高いティモールへは来ない可能性が高い。また、未だにマラリアやデング熱といった予防薬の確立されていない伝染病が横行している土地に観光で行こうという人は滅多にいないと思われる。接客マナーも出来ていないので、大型の外資系投資が入らない限り観光地化は難しい。
* 復興課題
現在:
−国家全体の貧困と職の機会のなさ。
−ティモール人の性格上怠け癖がある上に、長期に渡る植民地化の影響で、自分たちで何かを考え、実行に移し、組織化をするという事に慣れていないため、目先の利益や自分勝手な有益制に流されやすい。
将来:
−国が発展すると共に、現在は見られない国内での貧富の差や都市問題(都市スラム化、人口増加)などが問題となるであろうと言われている。
−病気の予防薬の普及に伴い死亡率が減少する一方で、多産多子の家庭が多いティモールでは、ある程度の生活水準向上と育児・教育費用が深刻化するまでは人口増加が急速に起きる可能性がある。
−ごく一部の海外亡命者である知識層のみが先進国出身者の勝手を理解し、それに沿った対応が出来るため、外国投資家達の信用を得、よりよい仕事を得る事が出来る。そうなれば今後貧富の差がさらに激しくなる事は確実である。
経済発展のバランスが今の内から上手く取られなければならないが、国家として独立している以上、他の介入が難しい。かといって国内にその調整を取れる人材はほとんどおらず、国家自体が政府組織として確立もしていない。
3.紛争後の人々の心理状態
−独立を支持した熱きグループがいる一方で、インドネシア軍を支持していたり、とにかく現在の自己生命が保たれ、生活が良くなればどちらでもいいと考える人々や、識字、知識の欠落から状況が分からず、インドネシア軍の情報規制によって独立活動グループをゲリラ、テログループと思いこんで反発していた人々が紛争中は混在していたため、お互いに懐疑的な人々が多い。紛争中の支持派の意見の違いから、家族ですら簡単には信用しない性格が未だに残っている。
−また、インドネシア軍に家族を殺された人々がいる一方で、市民レベルではインドネシア人との結婚している人や、インドネシア支配時代の職を独立によって無くしてしまった人も多く存在し、そういった人々の間では独立やインドネシアに対する考え方に温度差がある。
−原始的なほど血が熱く、すぐに暴力に訴える。今までの植民地政策で、自分たちが知識を得、高い役職に就いた事があまりない人達が多いので、何か問題が起きると、考える前に暴力に訴える傾向がある。これは今まで抑圧された生活を続けていたストレスのはけ口を暴力にしてしまっているのだろうか?
例:町中や職場での喧嘩、家庭内暴力
(ロスパロス市内でも2005年度、6ヶ月の間に3人の女性が家庭内暴力により夫に妻が殺されている)
−大きなトラック音と人の叫び声が聞こえるとすぐに座ったり伏せたりして身を隠そうとする。(何事かと見に行ったりはしない)インドネシア軍やゲリラの戦車が来たと思って怯えていた頃の感覚が抜けていないのかもしれない。
4. ティモール政治政策の方向性
* 現政治主権は元独立派グループ、フレテリンであるが、現在の国内状況は地域によってフレテリン派と反フレテリン派に分かれる。
* 地方の農民は識字率もないため、自分たちに良くしてくれる党や、いいと言われた党にすぐに流されやすい。
* 独立後の生活状況の改善が見られない事に対して不満を抱えている人々は、長い目で見た将来を考え、見据える能力がないので簡単に現主政党であるフレテリンに反感を持っている。
* しかし、国としての基盤も確立されていない現時点で、別の党が政治主権を握ってしまうのは政治混乱を起こすだけなので、当面基盤が出来るまではフレテリンが主権を握っている方が良いという意見もある。
* しかし一方で、元々共産主義の方向を目指していたティモールがあった事を考えると、一政党が長く主権を握ってしまった場合、徐々に独裁政権の道をたどってしまう危険性も抱えているのではないだろうか。
−多くの人は長い間自分たち自身を管理する立場にないまま育ってきているため、無学・無知の状態を余儀なくされてきており、自分で考えるという能力が著しく欠けている。そのため、いざ独立はしてみたが、良くならない生活の不満を政府のせいにしている。そういう、考える力のないティモール人と自分たちに有利な結果を求めてしまっているインドネシア軍の当事者のみに任せてしまうのはかなり危険であり、虐殺に関する裁きを第三者の国際社会が代わりに行うべきであり、むしろそれがインドネシア軍の侵略を黙認してしまった国際社会の責務でもある。
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