
2007年4月23日(月)
春の「はんにち」上映会 報告
第4期奨学生 青柳によるドキュメンタリー「はんにち」の上映会 無事終了
文責 青柳絵梨子
【上映会にいたるまで】
編集を終え、気が付くと3月下旬となっていました。4月から本格的に社会人となる私は、最後の大仕事である上映会をどのようにするかなどまったく考えておらず、あっという間に会社に入ってしまったのでした。
研修中に「上映会をどうしようか、ウェブで上映さえしてしまえば、時間をとらず手間をかけずいいのではないか…」と考えていました。ただ、5月から新しい任地に向かうため、どうしても関係者の方々を集めて報告がしたいと思い、最初で最後の上映会を開くことに決めたのでした。
こちらからドキュメンタリー「はんにち」がご覧になれます。
公開期間:7月ころまで ※画像は200%ほどに拡大してご覧いただくと良いかと思います。
【上映会広報の結果】
上映会は関係者の方々を中心とし、まだ見ぬお客さんにも呼びかけました。その結果、50名ほどのお客さんが上映会に参加を表明してくださいました。定員いっぱいとなり、当日は立ち見も出る結果となりました。
こちらから当日のアンケート結果がご覧になれます。当日の模様もこちらのからご覧頂けます。
【上映会当日】
スケジュールは以下の通り。
1 18時半開場
2 19時より青柳絵梨子による自己紹介・作品の趣旨説明
3 19時5分より上映開始
4 19時50分上映終了
5 質疑応答15分
6 20時終了
【はんにち・最後に明かす作者の意図】
「はんにち」は日中関係・メディアについて、考えるヒントを提供するための作品です。あるひとが作品を見て、自分の意見を言うこと。批判でも評価でもどちらにせよ、それが私の最大の「狙い」でありました。そしてよく、メッセージはなに?と質問を受けますが、あえてなにも言わないでいました。扱うにも、主張するにも繊細なテーマであるし、私自身まだまだわからない部分のほうが大きいからです。ただ、「はんにち」を編集するにあたって考えたことがあります。以下、今だからこそ明かす「タネ」です。
メッセージ・主張を強く入れないこと―ドキュメンタリとはなにかを考えたとき・またこのテーマを扱う上で、意図的に白黒はっきりさせないように編集しました。また、私自身の主張も、強く押し出さないようにしました。これに関しては、「メッセージが伝わりにくい」との意見も多く聞かれたのですが、それこそ私の狙い通りであり、能動的に考えてもらうことが出来るよう、「幅」を持たせたと思っています。直球のメッセージは時として反発を買うでしょうし、無論このように繊細な問題の場合、私の意図と正反対の出来事が起こってしまうのではないかと危惧したためです。
ある程度、表面的であること―この作品は、私自身の記録でもあり、問題の「入り口」から入っていったものであると思います。「反日」とはなにかを考えようとしたとき、考える素材の不足していた一大学生の作者は、まずは現象の表面に現れたものから拾い・考えようとしたのです。それが、デモ当時の様子の描写であり、日本の報道で取りざたされた人々のインタビューです。この方法は今では、よかったと思っています。なぜなら、突然深く歴史問題から切り込んでいったとき、認識のズレが歴史にあるとすら気が付かない若者にとっては、歴史問題とデモ自体が結びつかないのではないでしょうか。「最初に答えありき」ではなく、「徐々に答えに向かっていく」方法を取れたことが、実はさまざまな考えを持つ人々に受け入れられやすいのではないかと思います。ですから、「いささか表面的なのではないか」という評価も、実は「しめしめ」だったりするのです。
どの視点に立つか―ここに出てくる人々を選んだ基準。あえて政治家は選ばず、あくまでも草の根で、「普通」の生活をしている人々でした。「私はどの立場にたって、どの視点でこの問題を見るのか?」常に悩みました。北京でカメラを回しながらも考えていました。考えはまとまらず、その迷いは映像にも表れています。編集をしていくうちに―それは、ものすごく主観の入った作業ですので―どの視点に立つかを明確に意識することができました。すなわち、「反日デモ報道で泣くのはいったい誰なのか。それは政治家でも記者でもなく、普通に暮らしている人々ではないだろうか。彼らの声を伝えたい。また、報道では伝えられなかった声を拾うことで、見る人にも新しい視点が提示できるのではないか。ドキュメンタリーを、人と人をつなぐツールとして使いたい。」私の視点は、「普通」の暮らしをしている人々と共にあります。
北京を見て日本(私)を見る―よく、「中国も国情から来る問題があるのではないか、そこを掘り下げてみるべきではないか」という意見をいただきます。私が、この作品を編集するにあたって考えたことは、「北京を見て、日本を振り返る」ことでした。すべては「私」の中に帰納させました。「私はどう思うか」「私の国はどんな状況なのか」「デモが起こってから私たちはどう動いたか」…。もちろん、お互いの国にそれぞれの事情があります。北京へ行き、触れた政治的な壁の大きさに、失望を覚えたこともありました。しかし、それを非難するだけでは閉塞感漂うこの問題に負けてしまうのではないか。相手国の非難ばかりしていてはなにも解決しないのではないか。民間の人々の間で出来ることのほうが大きかったりするのではないか。私が取った唯一の方法は、ひたすら相手の言い分を聞いてくることでした。その中で、いかに私が歴史について知識がなく、また日本がどのくらい中国との戦争について教育したのかなど、自分たちのことが見えてきたのでした。「知りたくて、北京まで来たけれど、果たして日本で大げさに取りざたされたほど、中国人は日本人を嫌っているのか?むしろそのように大騒ぎをした日本人のほうが、中国人を嫌っているのではないか?」日本人の深層意識では、アジアの人々を下に見ているのではないでしょうか。
【上映会を終えて】
先述したとおり、会場にはたくさんのお客さんが足を運んできてくださいました。中には、「一回だけじゃもったいない」という意見を下さった方もおり、作者冥利に尽きるというものです。さて、エンドロールに名前が載っているみなさまは、全員ボランティアです。私はなんて恵まれているのでしょうか。裏を返せば、多くの人が関心をもつ問題なのだと思っています。なんとかしたい、考えたいという方々の集まりなです。また、それぞれが、それぞれの想いを抱き、この作品に関わってくれました。企画・制作・インタビュー。全てを0からはじめ、去年一年間でそれぞれの専門分野をもつ方々に贅沢にも手伝ってもらい、「はんにち」が出来上がりました。
この場でもう一度厚く御礼を申し上げます。旅に付き合ってくれた飯島くん、蘇斌と、編集段階の要であった「はんにち」製作委員会の田中さん、阪野さん、李さんには、精神的・技術的に大変なご助力を頂きました。ありがとうございました。
本イベントの案内文はこちらでした。






